甘い判断で大きな後悔

つぶやき

春の空気が少しずつやわらかくなってきた3月の午後。
家から駅前のコンビニへ、ほんの10分ほどの外出だった。
その日は、買ってあまり着ていなかったZARAの“おしゃれ着用ズボン”を穿いた。
穿いた瞬間感じたのは、
「ポケット、妙に浅くないか?」だった。

(上は実際のズボン)
左にスマホ、右に財布。冬も過ぎ気温も上がってきたので、ポケットのある上着は着ていない。
「ま、運転中落とさないよう気をつければいいか」
と思い自転車にまたがった。

コンビニに到着し、自転車を止め、鍵を抜き、右ポケットに入れようとした瞬間。
財布が、ない。
一瞬で顔が青ざめた。
銀行から下ろしたばかりの数万円。診察券、キャッシュカード2枚にクレジットカード1枚。
マイナンバーカードや障害者手帳などの証明書類は定期入れに入れていたので無事だったが、
それでも十分すぎる損失だ。
来た道を2往復、目を凝らして探した。あまりに見つからないので
「通り過ぎる人が拾って持っているのではないか?」
という猜疑心まで生まれ、通行人の皆さんの手元をギョロギョロ見ていた。
結果、誰も財布なんて持ってないし、どこにも落ちていなかった。
家に帰ってズボンをよく見るとスマホがポケットからはみ出るほど浅い。
しかもカットが斜めなのでちょっとした揺れで落ちやすい構造になっている。

たまにジーンズなどの後ろポケットに長財布を入れて歩く男性がいる。そういう人を見ると、
「不用心だな。落としても知らないよ」
と心の中でつぶやいていた。
その自分が、まさかこんな形で同じ穴に落ちるとは…(´;ω;`)
いや、“落ちる予感”はあった。

ポケットに入れた瞬間の違和感。
自転車に乗るときの不安。
「落ちるかも?」という心の小さな声。
そんな心の声を無視したのはほかならぬ自分だった。

財布を落としたのが午後2時。
そこからカード会社や金融機関への連絡が続き、
せっかくの休みの午後が丸ごと潰れた。
こういうときの疲れは、肉体的というより精神的なものだ。

• せっかくの休息の時間が消える
• 自分の判断ミスと後悔を何度も思い返す
• 慣れない金融機関等への紛失手続きで気力が削られる

加えて発達障害の特性として、突発的な予定に弱いこともあり、メンタルにじわじわこたえた。

今回の出来事は不注意なのだが、単なる不注意ではない。
自分の特性が、はっきりと影を落としているからだ。
小さな違和感を軽視する
• リスクを「まあ大丈夫だろう」と都合よく解釈する
• その結果、損害や事故につながる

そしてこういうミスは今回が初めてではない。
20代後半、自転車事故に遭ったときもそうだった。
夜、車道左脇に停車していた車。
「そのまま止まっているだろう」と思い、車道側から避けようと車の横に行った瞬間、
車が発信しUターンして巻き込まれた。
頭こそ打たなかったが、ぶつけた膝がパンパンに腫れ三週間入院するほどの事故だった。
あのときも、「大丈夫かな?」という本の一瞬の疑問が頭をよぎったのに、
都合のいい判断でその疑問を消した。

今回のできごとは、命に関わる事故ではない。
でも、軽く見ていいわけでもない。
もし同じ特性を持つ人がこれを読んでいるなら、
どうか「自分もとり八みたいに落とすかも」という軽い危険予知ではなく、
「いつかあいつと同じやらかしをする」という危機感を持って、
同じミスをしないよう読んでいただけると幸いである。

ADHD傾向のある人は、(自分にとって悪い方の)違和感を覚えたときに
その違和感を自覚する時間が短く(リスクを熟慮しない)
リスクを過小評価しやすい(ご都合主義)傾向がある。
だからこそ、“慎重すぎるくらいでちょうどいい”のだ。

財布は戻るかもしれないが(期待すると戻らないとショックなので個人的には諦めている)
午後の時間は返ってこない。
今回の原因のひとつは、あの忌々しい浅いポケットのズボンだ。(はい、私はモノに当たってる)
そのうえで落ち着いたら、「ズボンを捨てる以外の再発防止策」も、冷静になったら考えよう。

 

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