14年ぶりのTOEIC
今日(2026年3月7日)、TOEICを受験してきた(前回は2012年)。正直、結果はまだわからないけれど、試験会場を出た瞬間に「これは散々だったな」と自分でもわかった。
勉強を始めたのは今年の1月末。オンライン模試で600点台前半だったのが、1ヵ月ちょっと経った今朝の時点で700点前半まで上がってきた。リスニングもリーディングも、少しずつコツがつかめてきた気がしていた。本番でそれなりに戦えるんじゃないか——そんな淡い期待を抱いて臨んだのだが、現実は甘くなかった。
リスニングでは、1問聞き逃したショックを引きずって、次の問題の冒頭をまるまるロス。頭の中で「やばい、やばい」と焦りがループして、さらに集中が切れる。リーディングに至っては、パート5・6をそれなりに丁寧に解いていたつもりが、後半のパート7で残り30問近くをほぼ勘でマークシートを塗りつぶす羽目に。時間配分が完全に崩壊していた。スコアが出たらまたここに追記しようと思うが、今の感触だと700点台前半か、運が良くて後半でもギリギリ届くかどうか……というところだろう。
曖昧な動機
そもそもなぜ今回TOEICを受けたのかというと、漠然と「仕事で海外出張に行くなら、せめて800点くらいは欲しいかな」と思っていただけだ。とはいえ明確な出張予定があるわけでもなく、来期の業務で英語が必須になるという話も聞いていない。ただ「いつか必要になるかも」という保険のような気持ちで、軽く腰を上げたに過ぎなかった。
実は昨年11月にも、行政書士試験を受けている。理由はもっと曖昧だった。「法律に強くなっておけば、仕事でもプライベートでも何かと役立つだろう」——それだけ。勉強時間も中途半端で、過去問を一周するので精一杯だった。合否はすでに出ていて不合格。テキストを読まずにやっていたので記述は0点と特に酷かった。
振り返ると、TOEICも行政書士も、どちらも「なんとなく」の一言に尽きる。
「何が何でも身につけなければ」「絶対に合格しなければ」という切迫感が、ほとんどなかった。
TOEICは英検のような合否ではなく点数で結果が出るから「まあ落ちても恥ずかしくないか」と安心していたし、行政書士も「他の難関国家資格に比べれば、まだ合格しやすい方だろう」という甘い見通しがあった。今年度、海外出張の予定は今のところない。行政書士を取ったとしても、それを活かして副業を始めようとか、独立しようという具体的なビジョンもない。
つまり、どちらの挑戦も「目的のない努力」だったのだ。
「何が何でも身につけなければ」「絶対に合格しなければ」という切迫感が、ほとんどなかった。
TOEICは英検のような合否ではなく点数で結果が出るから「まあ落ちても恥ずかしくないか」と安心していたし、行政書士も「他の難関国家資格に比べれば、まだ合格しやすい方だろう」という甘い見通しがあった。今年度、海外出張の予定は今のところない。行政書士を取ったとしても、それを活かして副業を始めようとか、独立しようという具体的なビジョンもない。
つまり、どちらの挑戦も「目的のない努力」だったのだ。
無駄打ちする時間なんてあるのか?
50歳を過ぎて思うのは、時間と気力が本当に有限だということだ。
若い頃なら「なんとなく」で始めた勉強も、途中で軌道修正しながら続けられたかもしれない。でも今は違う。1年、2年を費やして得られるものが、人生の残り時間に対して本当に意味があるのか——真剣に問わざるを得ない。これからは、明確な目的のない勉強や資格取得は控えようと思う。
若い頃なら「なんとなく」で始めた勉強も、途中で軌道修正しながら続けられたかもしれない。でも今は違う。1年、2年を費やして得られるものが、人生の残り時間に対して本当に意味があるのか——真剣に問わざるを得ない。これからは、明確な目的のない勉強や資格取得は控えようと思う。
「なんとなく」で続けてもいいのは、運動や散歩、趣味の読書、好きな音楽を聴くこと、家族や友人と過ごす時間。そういう「楽しみを豊かにするもの」に限定したい。もちろん、勉強そのものをやめるつもりはない。
学びは楽しみだと思っているし、何らかの勉強を一生続けたいと思っている。ただ、次に本気で何かに取り組むときは、必ず自問する。「これは自分の人生にとって、本当に必要なことか?」
時間を無駄にする努力は罪
自分が成果を出すために本気で集中できる時間はどれくらい残っているのかだろうか?あと5年もないだろう。衰えは認めたくないが、年々感じる。仮に本気で5年続けたとしても、それはどこかで「趣味」レベルの気力や集中力しか保てなくなっているような気がする。
今後は選択と集中。
それを本気でやることで何が変わるのか?何を守れるのか?を問う。
答えが曖昧なら、たとえ魅力的でも一旦保留。
進路は無限にあっても、進める時間と体力は限られているのだ。
本当に必要だと感じたときだけ、全力でぶつかる。
今日のTOEICは、散々な結果かもしれないけれど、一つだけ収穫があった。
「なんとなく」の危うさを、肌で実感できたことだ。
これを記録に残しておく。次に同じ過ちを繰り返さないために。
スコアが出たら更新します。読んでくださった方、ありがとうございます。
