発達特性のある人が「なめられやすい」と感じる背景
なめられる状態の本質
「なめられる」とは、相手が「この人の言葉を無視しても構わない」と確信し、それを態度に出す状態である。現代社会では「従わせる力」の筆頭は暴力ではなく「言葉」だ。立ち話で話しかけてもスルーされる、会議で意見を述べても誰も反応しない、冗談でからかわれても誰も止めない――こうした日常の小さな積み重ねから「自分が下」と位置付ける意識が生まれる。
発達特性を持つ人は、相手の期待する「暗黙のルール」を読み取りにくく、結果として「従わせる力がない」と誤認されやすい。しかしここで重要なのは、なめられるかどうかは「特性そのもの」ではなく、「どう立ち回るか」である。立ち回り次第で集団の中でのポジションは確実に変わる。
アリストテレスの弁論術と3つの工夫
ロゴス(論理):理路整然とした根拠(ロジック)
パトス(情熱):話し手の熱意や感情の込め方
エトス(信頼):この人なら、と思わせる信用
これら3つがが揃う言葉には非常に強い説得力が宿る。しかしどれかが欠けると説得力を失い人は言葉に重きを置かなくなる、というのが弁論術のエッセンスである。私見だが、これは定型発達(世の多数派である発達障害のない人)のロジックだと思う。一貫性のある論理も、空気を読んだ情熱の出し方も、信用を得られるような抜けや漏れのない説明というのは、発達障害をお持ちの方だと苦手だったり負担になりやすいのではなかろうか?
論理は得意でも感情が伝わりにくく相手が共感しなかったり、熱意が変な方向を向いてしまい相手が引いてしまったり、信頼を築く過程でうっかりまたは思い込みで相手の前提に気付かなかったり、
しかし、弁論術に別の要素を重ねることで、むしろ多数派が真似できない「独自の従わせる力」を作れると私は考える。以下はこれまで私が実際に会ってきた発達特性を持つ人達の中で、集団の中で「なめられにくく」、むしろ「個人間または集団で一目置かれる側」になっているケースを3つ紹介する。
その1.聞く人になる
ひとつめはADHDに多い素直さを活かした「困ったらとにかく聞く」だ。私の知り合いのAさんのエピソードなのだが、Aさん道に迷ったり、駅の乗り換えが不安なときは、道行く人に「すみません、~に行きたいけど行き方を教えてもらえますか?」「この電車は~に行きますか?」と聞くそうだ。
一見「自分で調べればいいのに」と思うかもしれない。しかしこれはコミュにケーション力の表れだ。ポイントは「タイミング」と「爽やかさ」。「簡単な」頼み事を「明らかに忙しそうな人以外」に「明るい声のトーン」で聞く。すると相手はよほど急いでいない限り助けてくれるものだ。
人は完璧な人より、少し頼ってくれる人を応援したくなる――これを心理学でアンダードッグ効果というが、Aさんはこれを知ってか知らずか実践できている。先ほどの弁論術との関連性で説明すると、人はまっとうな理由がある頼み事であれば、
「困っているから自分を頼ってくれている」と理屈(ロゴス)で判断し、
結果として「守ってあげたい」という感情(パトス)が働き、
助けてあげた・助けられたという信頼(エトス)が生まれることになる。
エトスとは若干ずれるが、正面切って堂々と質問する人は丁寧に質問する人よりも相手に「答えなければ」という心境にさせる効果もある。これは胆力が関係していると思われる。「世界の果てまでイってQ」という番組でお笑いタレントの出川哲郎がカタコトの英語で、現地人しか知らない情報を教えてもらったり、指定された場所に辿り着く、というミッションを簡単に達成してしまう例からも分かるだろう。彼の英語力は正直小学生レベルだ。文法もめちゃくちゃ。しかし物怖じしない態度で堂々と声をかけると、歩く人は足を止める。完璧を装うより、胆力を武器に変える方がよほど賢いのかもしれない。
その2.ギバーになる
ギバーとは与える人、という意味だ。特にADHDに多く見られる過集中的なサービス精神や空気を読まない発想力、例えば「頼まれもしないのに焼いてしまうお節介」や「とにかくポンポンと出てくる提案の数」は、集団にとってのギフトになり得る。
私がこれまで見てきた中で、風変りでありつつも一目置かれている人たちは、こうした特性を「困った人への助け舟や集団の課題解決」に発揮していた。遅刻しても忘れ物が多くても、「あの人の助言で助かった」「あの人の核心を突いた発言で議論が盛り上がった」と思わせる存在になるのだ。そういうギバーとして価値を与え続ける人は「ミスが多くても」「空気を多少読めなくても」集団内で「必要な人」になる。
これはASDの人にも言えて、流行に疎くても、コミュニケーションが少しぎこちなくても、忖度せず核心を突く一言、議論の前提を覆す事実にもとづく指摘ができる人は「頼りになるな」と思われ、重宝される。計算高さや裏表のない感情表現、雰囲気で見落とされがちな盲点を指摘できる人はエトス(信頼)を獲得しやすくなるのだ。
その3.冷静に苦言を呈す
前2つで紹介したような、ポジティブなコミュ力や特性を活かした集団への貢献だけでなく、相手を拒絶せずに苦言を呈す、という方法もある。この事例は発達特性の「溜め込まずに言う」を「誠実な率直さ」に変換したものだ。これはぜひ意識しておきたいスキルだ。
私にとって印象的だったのは、Xのある発達障害関係のスペースで前述のAさんがある参加者に告げた言葉だった。その参加者は発達障害由来の過去の辛い経験を話していたのだが、話しながら辛さを再体験してしまったのか、ネガティブな感情を強い語気で話し続け、他の参加者が黙ってしまった。
それに対してAさんは「共感してほしい気持ちはわかる。が、あなたが辛い感情を強くハッキリ言われると、聞いているこちらもしんどくなる。もう少し落ち着いた声で話してください。」と、感情を抑えながら率直に伝えた。するとその発言者は不思議なくらい素直に「すみません。わかりました」と答えた。これで場が荒れることなく元の穏やかな会話に戻った。
アリストテレスの言うところの、パトス(情熱)がAさんと同じくらいクールダウンされ、「この人は自分ではなく話し方を注意してくれているだけなんだ」と、Aさんに対するエトス(信頼)も積み上がる。
発達特性×工夫=「個性」
会話ではロゴス・パトス・エトスを念頭に置きつつ、素直な気持ちで相手を頼り、人を助けるギバーになり、冷静に苦言を伝える。
これらを組み合わせることで、発達特性はハンデキャップではなく、人生をより楽しく生きていくための個性になる。先に紹介した人たちは、この組み合わせを実践することで「なめられない」にとどまらず、「守られる」「頼られる」「信頼される」側になっていたのが特徴である。
これを実践するのは一朝一夕では難しいだろう。最初はぎこちないかもしれない。それでも日々繰り返し、それが自分の自然な振る舞いとして身に付いたとき、周りの人の相手の態度が変わる瞬間が訪れると思う。
発言がスルーされなくなる、冗談のネタにされなくなる、むしろ
「この人をなめるのは損だ」「この人の言葉は聞く価値がある」
と思われるようになるのだ。工夫を意識し、実践を続ければ、居心地のいい場所が手に入るはず、と私は信じている。
