Xでたまに見かけるエピソード
Xを通勤や帰宅時、家で手持ち無沙汰なときについ見てしまうのだが、何度か自閉症スペクトラム障害(ASD)の子どもたちの「繰り返し質問」に関する投稿をたまに見かける。例えば「ねえねえなんでパンダの色は白と黒なの?」を事あるごとに母親に聞く子どもだ。
最初は子どもだから、答えを知っているか否かは別として何か答えるが、しばらくするとまた同じことを聞いてくる。忙しいときにされるとつい「いいかげんにしなさい」とイライラする保護者や支援者は少なくない。(ちなみにパンダの質問の答えは諸説あるが、「パンダが生息する雪深い高山や竹林で、白が雪に、黒が影や岩に溶け込む保護色の役割を果たすよう進化した」説が有力である)
ある人は、同じ質問を何度も繰り返す理由として以下を指摘している。
・同じ返答が返ってくるやり取りが楽しいから
・言葉の意味をしっかり理解したい
・質問に答える相手の反応が楽しいから
・この話がどれだけ好きかを伝えたいから
これらを見ると、ASD由来である①常同行動の一環、②好きな相手へのこだわり、といった理由が考えられそうだが、繰り返し質問はASDだけにあるわけではなく、子どもなりの重要なコミュニケーション手段でもある。例えば以下だ。
一つ目は「正しい答えが返ってくる」という安心感であり、返ってくるある決まった言葉を確かめたいという欲求である。
二つ目は「相手の反応を楽しむ」という高揚感で、同じやり取りの繰り返し自体がその子にとっての遊びとなっている。
三つ目は「自分の思いを伝える」という熱意であり、自分は同じ話題を話せるという自尊感情生み出している。
こうした心理を知ると、繰り返しは「しつこさ」ではなく、自己表現力の強化や、人との関係性の構築の練習になっているともいえる。
落語の天丼に似た魅力
この繰り返しの仕組みを考えると、日本の落語にある「天丼」という技法が非常に似ている。天丼とは、同じくだりや問いかけを何度も繰り返すことで、観客の期待を積み重ね、笑いを爆発的に大きくする手法である。
古典落語の名作『天狗裁き』はその典型例で、男が「夢の内容を覚えていない」と答えるたびに、妻から始まり隣人、長屋の連中、大家、奉行所へと人物が変わりながら「何の夢を見たの?」「夢の内容は正直に申せ!」という同じ問いが執拗に繰り返される。このループ構造が観客に「お約束のアレがまた来るぞ」という高揚感を与え、毎回の繰り返しで笑いが倍増するのである。
さらに、海外のコメディでも「コールバック」という同じジョークを後半で繰り返す技法が定番であり、予測可能性のある繰り返しを人は本能的に楽しむという感性の普遍性を示している。
ASDの子どもたちに見られる繰り返し質問も、予測できる答えが返ってくる安心感と楽しさを味わっている点で共通する。子どもにとっては「同じ返答が返ってくる」ループが、落語の観客が天丼を待つようなワクワク感に相当するのかもしれない。
こうした視点から見ると、「繰り返しの●●」は単なる反復行動ではなく、ユーモアや社会的つながりを生む可能性を秘めている。落語の天丼が文化的に洗練された「共有の笑い」であるように、ASDの繰り返しも、適切な関わり方で「共有の楽しみ」に転換できるのである。
現代社会の課題とバランスの取り方
一方、現代は「タイパ(タイムパフォーマンス)」が重視される時代である。仕事では短時間で成果を求め、会議もチャットも効率優先が当たり前になり、場の空気を和ませる意味で気を利かせたつもりの冗談も「非効率」の象徴と見なされる。(ちなみに筆者はオヤジギャグが好きだが、これの扱いはまた別の意味で敬遠される…)
保護者や支援者である大人たちは、そんな社会で日々タイパに追われ、疲弊しながら生きている。それなのに、自分の子どもに対しては無意識に同じ価値観を押し付けてしまう。ASDの子どもの繰り返し質問が長引くと「時間がなくて忙しいのに」とイライラし、すぐに切り上げようとする矛盾を抱えている。子どもには「効率的に生きてほしい」という願いが、かえって許容力を奪っている側面がある。
そこで、「可能な限り付き合いつつ、しつこいときは『一旦おしまい』と境界線を引く」切り替えが重要である。大人が自分のタイパ至上主義に嫌気がさしながらも、子どもには柔軟さを許す余裕を持つことが肝要だ。子どもは「受け入れてもらえた」と感じ、大人も無理なく関われるようになる。このような矛盾を自覚した柔軟な対応こそ、信頼関係を築く鍵である。
ループをポジティブに活かす未来
ASDに多い繰り返し質問は、ときに大変であるが、視点を変えれば「楽しみ」や「人とつながりたい気持ち」「成長欲」の表れである。Xの投稿から学んだ当事者や支援者の声、そして落語の天丼のようなユーモアの視点を取り入れることで、関わり方が少しずつ優しくなる。
ループをポジティブに活かす方法は、子どもだけでなく大人にも応用できる。例えば、職場や友人関係で「同じ話題を繰り返し楽しむ」ことを意識的に取り入れるとよい。たとえば、好きなスポーツの名場面や芸人・俳優の名ゼリフを何度も引用して「またあのシーン」と盛り上がったり、家族では夕食の時間などに「お父さんの若いときは●●●」を発表するなど、予測可能な安心感を全員で味わうのも有効である。
これらはタイパ社会で希薄になりがちな「ゆったりしたつながり」を取り戻す手段になる。大人も子どもも、繰り返しを「退屈」ではなく「心地よいリズム」として楽しめば、関係性が深まる。現代の忙しい社会でも、互いに理解し合える余裕を持てれば理想的である。皆さんの家や学校・職場等人の集まる場での工夫を共有し、自然に笑える空気を作っていただきたいと思う。(だからオヤジギャグも許してほしい)
